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人のあたたかさ溢れるお湯

logbook #185 井関”タライの湯”





この混浴ブログの中でも
野湯だったり、温泉宿のお風呂だったり
自然の中の露天風呂だったり
いままでもいくつかのカテゴリーに分けられます

前回の「ステンレスの湯」同様
今回の「井関タライの湯」
...これは果たして混浴と呼べるのかなぁ...?

確かにスレンレスの湯はどう考えても
ワタシひとりがお尻まで(笑)なんとか入れた”ひとり用”
男女兼用であるけれど
カテゴリー的には”貸切風呂”にはいるような気がします

タライ16

ここは?とワタシ。
カレが答えます(笑)
「確かにステンレスの湯は貸切風呂のカテゴリーかも..
でもここにはタライが二つあるでしょ
という事は男女の間に仕切りがない
...よって、ここは混浴露天風呂!」

めちゃ凄すぎるコジつけ~(汗)

男女間の仕切りどころか
どこにも仕切りがないでしょ~ってツッコミどころ満載
でもさすが熊野那智山の麓のいで湯
ほのかに硫黄臭がする37度のお湯は間違いなく温泉です

ここも地域の方達が
お湯を汲んで帰ったり
野菜を洗いに来る憩いの場☆
なので
しっかりとマナーを守って入浴しないとですね♪
(正装入浴は...大丈夫ですよねぇ...汗)
上の写真、向こうのあぜ道におじいちゃんが散歩しています...

遠くに見えるのは那智の山
熊野三山の修験道の場として
中世から近世まで多くの人たちが修行に訪れた神々の宿る山
冬のポカポカ陽気の中
そんな素敵な景色を眺めながらの開放的な入浴☆
とても贅沢な気持ちになりますね

タライ21

この那智勝浦町の井関地区は
2011年9月に南紀を襲った『紀伊半島豪雨被害』の中でも
死者25人・行方不明者1人と
もっとも大きな被害が出た場所
未だ仮設住宅など当時の爪痕がみられます

そんな大変な災害を経験し心の傷を負った地域の人々なはずなのに
道ですれ違う方達はみんな笑顔で挨拶をしてくださる
「おかげさまで、お疲れさま」
そんな声が聞こえてきそうでした

楽しさも悲しさも
喜びも辛い事も
皆人生の大切な一場面
だからこそ人に優しくできるのだと
那智の山の麓のいで湯に浸かりながら
人の暖かい心にも触れられた気がします

あの素晴らしい井関のお湯をいただけた事
心より感謝です

みうたん☆クローバーZの混浴ログ♪

みうたんお気に入り度☆☆☆☆

【住所】 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町井関
【☎︎】
【入浴料】 感謝の気持ち♪
【入浴時間】 24h
【定休日】

【HP】



参考であり、変更もしくは過去のデータである恐れがありますのでご理解ください

2015.11.18 ええっ??
ええっ??

logbook #184 岩鼻温泉 ステンレスの湯





紀伊国は日本でも有数のパワースポットが数多く点在する地域
都合のいい時に神頼み!というのがワタシ達”日本人”(笑)
特に最近はパワースポット巡りがひつのブームのようになっていますが
神様の前では頼んでばかりではなく
日々の生活を無事に過ごせている事の感謝を述べる事を忘れちゃいけませんね♪

そんな神々しさ漂う紀伊国
2004年7月にユネスコ世界遺産に選ばれた
日本の誇る文化遺産の一つ”紀伊山地の霊場と参詣道”の一部である熊野
熊野三山をお参りすための熊野古道は
パワースポットに中でも別格の存在ですね

そんなパワースポット盛りたくさんの紀伊国
実は有名な混浴温泉も数カ所あるんですよ
熊野古道と混浴巡りの旅!
まずはここから!

...んっ?

ステンレス7

...って
ええっ~???ですよね~(汗)
ワタシも流石に躊躇、いや絶句....
(lll-艸-)ァリャリャ...
これはどう見ても何の変哲もないステンレスの流し台...
誰が見てもわかります(笑)

よく色々な方達のブログを見ていると
全国各地にこのような野湯!?的な場所を見かけますが
ここはちょっとハードル高いというか別物
だってこのロケーションですよ...
流石にココでの入浴は厳しいよ~

ステンレス8

那智勝浦の中心部から那智の滝へ向かう県道沿いに
この”ステンレスの湯”はあり
無造作に地中より出ている配管からは
贅沢なくらいドバドバとお湯がステンレスの流し台から溢れ
歩道わきの排水溝にかけ流されていきます

無色透明のお湯はほんのり硫黄臭がします
温度は38℃くらいかな
最初は冬の朝一の中で寒いでしょ~って思ったけど
やはり温泉の効能なのか
浴びているうちに(入浴というのかな?)体がポカポカしてきました
確かに排水溝に流れ出るお湯の周りは
温泉成分で緑色になっています

ステンレス20

県道を挟んだ川の向こう岸には
那智天然温泉という日帰り入浴施設の看板があったので
ここに来る前に覗いてみると
すでに廃墟状態..
男女別の内湯と大きなプールのような露天風呂が荒れた状態に

2011年9月に紀伊国を襲った台風の影響で
川が決壊しこの辺りの地区は壊滅的な被害にあったそうです
以前はココの露天風呂は混浴だったそうなので
無くなってしまったことはとても残念です

こちらの”ステンレスの湯”は岩鼻温泉と呼ばれる温泉で
地元の方々が野菜を洗いに来たり
温泉をタンクに入れて持ち帰ったりするそうです
地域の方達にはなくてはならない場所なんですね

すいません、お邪魔させていただきました!
ワタシのようなビジターも立ち寄らせてもらえる事に
改めて感謝の気持ちを持ちたいと思います

ステンレス12

みうたん☆クローバーZの混浴ログ♪

【岩鼻温泉 ステンレスの湯】
みうたんお気に入り度☆☆☆

【住所】 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町川関
【☎︎】
【入浴料】 無料
【入浴時間】 24h
【定休日】

【HP】


参考であり、変更もしくは過去のデータである恐れがありますのでご理解ください
一年の計は元旦にあり♪

logbook #183 川中温泉 かど半旅館





ダム建設の賛否で世間を騒がせた八ッ場ダム
その後大々的に工事は進められ
長野原から紅葉の美しさで有名な吾妻渓谷周辺の景観は
巨大なアーチ式の吊り橋や高速道路のような新道など
景観を見事に変えてしまいました
きっと源頼朝や真田親子が見たら腰を抜かすでしょうね(笑)

ダム建設の波は景観だけでなく地域住民の生活を始め
多くの温泉宿や混浴宿にまで及び
移設や廃業という経過をたどる中
今でも変わらずそこだけは時が止まったような
吾妻渓谷の深い谷筋の温泉があります

川中温泉の一軒宿”かど半旅館”
国道からわずか数キロしか離れていないのにもかかわらず
秘境のような静けさに包まれているこの宿は
きっと温泉の神様の黄金の結界の壁に守られているのかも

かど半前25

川中温泉の歴史は古く
中世以前より地域の人たちには知られていました
宿の目の前に流れる”雁ヶ沢川”の川底に源泉が湧き出しているため
幸か不幸かよその者にはあまり知られる事もなく
四万温泉や草津温泉というビックネームの陰に隠れるように
長い歴史の中でひっそりと守られてきたお湯です

宿の奥にある湯前神社の立派な祠と観音像
自然の恵みの恩恵を受ける地域の人々の信仰の深さが伺い知れます
そこにはこの秘湯の歴史が刻まれていて
鎌倉時代には源頼朝の家臣重田四郎が
病のため除籍された後にこの地に留まり浴療したと伝えられます

そして大々的に”日本三大美人の湯”とも石碑に刻まれています
和歌山県の龍神温泉、島根県の湯の川温泉、そして川中温泉
よくある”三大◯◯”
懐疑的なワタシはその根拠を知りたくなる

アルカリのお湯に石灰成分と天然の美容成分といわれる
メタケイ酸が多く含まれる事から美人の湯とされるのでしょう

“日本の近代医学の父”と呼ばれるドイツ人のベルツ博士という方の名前が上がります
彼は東大医学部教授でありながら明治初期に川中温泉を高く評価しました
川中温泉の中性温浴が1回に1~2時間の入浴をすることで
多くの慢性病に効くことをドイツの医学専門誌に報告したといいます

群馬大学草津分院長(温泉医学)のグループの研究では
人口皮脂を温泉につける実験から効能を特定したそうです
三美人の湯に共通した美肌作用の秘密は
弱アルカリ性、ナトリウム・カルシウムイオンの組み合わせにあると説明

うんうん納得
それを聞けば聞くほど身にしみるお湯の効能...
ワタシの場合は体より頭という理性的な温泉体感
いやいや上級者のように”感性”で体感できなくてはまだまだですね(汗)

IMG_7807のコピー

男女別内湯に混浴の露天風呂と混浴内湯
かど半旅館は残念ながら立ち寄り湯はしていないので
混浴に入るためには宿泊しないといけません

昭和22年創業
本館が建てられたのは昭和14年頃とお肌がスベスベの
大正十五年生まれの先代女将が語っていました

2階建ての本館は鄙びた雰囲気の黒光りした廊下に客室が並び
向かい側に地下の廊下で繋がった鉄骨造りの新館があります
外観は旅館というよりも山間の民家のような造り
またそれが”田舎に帰ってきた”ような
親戚の家に泊めてもらっている感覚が
決して嫌ではない
マッタリとしたくつろぎ感を味わえますよ

IMG_7790のコピー

川中温泉は同じ群馬の大塚温泉のような
いわゆる”ぬる湯”の温泉です
源泉温度は34℃
混浴の大ぶろも混浴露天風呂も
ヒートポンプによる加熱浴槽と源泉浴槽の二つがあります

さすがに真冬の源泉浴槽は厳しいのか
訪れたこの日はどちらの源泉浴槽のお湯も抜かれていました
という事は夏に来るのがよろしい様ですね☆
ぬるめのお湯に長~い時間をかけてじっくり浸かる
ぬる湯の醍醐味です

お正月に訪れた吾妻渓谷の秘境の宿かど半旅館
世間は新年会や初詣参りで賑わっている中
”一年の計は元旦にあり”という言葉を思いだしました

戦国武将”毛利元就”の解釈はこうです
一年の計は春にあり、一月の計は朔(ついたち)にあり
一日の計は鶏鳴(一番鶏が鳴く早朝)にあり

家臣たちが元旦の祝いの席で賑わう部屋から
元就は黙って席を立ちその場を立ち去ったそうです
不思議に思った家臣が尋ねたところ
「なぜ元旦を祝うか?」
と尋ねられたと言います

世の愚か者どもは恵方を拝んで”とそ”を飲み
長寿・子孫繁栄を祝って浮かれているが、
元旦はそんな暢気なものではなく、年の初めに一年の事をじっくり考える。
それが本当の祝いというものである

と話したと言います
静けさに包まれ
いい意味で”何もない”川中温泉一軒宿
毛利元就の言葉通り
じっくりと一年の抱負を考えるには
最高の時間がここにはあります

IMG_7796のコピー

みうたん☆クローバーZの混浴ログ♪

【川中温泉 かど半旅館】
みうたんお気に入り度☆☆☆

【住所】 群馬県吾妻郡東吾妻町大字松谷2432
【☎︎】 0279-67-3314
【入浴料】 日帰り入浴不可
【入浴時間】
【定休日】 無休

【HP】 川中温泉 かど半旅館HP

参考であり、変更もしくは過去のデータである恐れがありますのでご理解ください
シモツケノクニ。

logbook #182 塩原温泉郷 和泉屋旅館





和泉4

実に470年の歴史を持つ
塩原温泉郷きっての老舗旅館”和泉屋旅館”
福渡温泉に入り二股に分かれる一方通行沿いに建つ
5階建ての鉄筋の宿
いかにも昭和臭い”鄙びた”というよりも”古びた”宿です
これも高度経済成長期の遺産のひとつなのでしょう

しかし道路を挟んだ向かい側には
別館がありこちらは歴史を感じさせる建物になっています
”文学亭”という文人ゆかりの塩原温泉らしいネーミング
1~2階部分が鉄筋コンクリートで玄関のある3階部分だけが木造建築という造り
確かにこの別館(旧館)には
明治・大正・昭和の名のある文人画人が数多く逗留したようで
大町桂月、有島武郎、竹久夢二、野口雨情、長谷川伸、山岡荘八と
ワタシも聞いたことのある名前がありました

和泉6

現在は文学亭には宿泊は不可ですが
いまでも残る各部屋には
彼らの残した作品が展示してあり
彼らのように静かな箒川の流れを見ながら
歴史に触れることができます

この文学亭の建物の一階に
混浴の露天風呂と混浴内湯があり
本館とはなんと!当時では斬新ともいえる地下道で行き来できます

露天風呂といっても目の前の箒川遊歩道からの視線を遮断するために
塀で囲われているため景観は望めませんが
かすかに耳に届く箒川の流れを聞きながら
静寂の湯浴みを堪能できるでしょう

お湯は内湯共に肌になじむナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉
露天風呂はクリアな透明なお湯に対して
混浴内湯のお湯は少し石膏を感じさせる若干濁りのあるお湯です

和泉25

プールのような広さを持つ混浴内湯の”大ぶろ”
お子さんは喜ぶこと間違いなしですね

見る感じではお湯の湧出口が見当たらないので
湯底よりお湯を出していると思われます
おそらく新鮮なお湯を保つためなのでしょうね
お湯の量は豊富で
この広い湯船から浴室にオーバーフローして溢れ出ています
これもまた贅沢極まりない掛け流しならではの味わい☆

この宿の歴史については15代目のご主人にお聞きできました
(お忙しい中ありがとうございました!)

もともとはこの建物は昭和9年に建てられた1~2階部分の鉄筋コンクリート建ての上に
木造の3,4,5階が建つ5階建ての建物だったそうですが
昭和24年にこの福渡地区での大火により1~2階のコンクリート部を除く
建物のほとんどが焼失してしまいます
同時に大家の書き残された作品の大半も消失
当時は敗戦国として昭和20年から27年まで国内はGHOの管理下
再建の際にもGHQへの届け出が必要とされたそうです

彼らの見解では”温泉”という文化もしくは”温泉宿”は
芸者があつまる破廉恥な場だということにより
建築の許可がNGに!
再三のやり取りの結果
規模の小さなものであればOKということで
許可が下りたのが3階建てということで
昭和24年の大火後に再建されたのが今に残る文学亭だそうです

和泉31

日本の混浴文化に至ってもその昔
街場の銭湯のほとんどが混浴だったそうですが
ペリーが来航し日米和親条約以降
”ふしだら”という見解から街中の公衆浴場は次々に別浴に変わったり
子孫繁栄のシンボルであった金精様(金勢様)も街中では見ることが少なくなり
共にその文化は人里離れた山間でのみ息づくものとなったという経緯があります

他国の文化を自国の文化という物差しで追いやってしまうとは...

近年位至っては高度経済成長期の遺産ともいえる
大型観光ホテルの相次ぐ倒産
ここシモツケノクニにおいても
女夫淵温泉ホテル、川俣温泉ふくよ館、湯西川伴久ホテルと
相次いで歴史ある温泉宿が失われています

1200年の歴史を持つこの塩原温泉郷も例外ではありません
470年の歴史を持つ和泉屋旅館
前述の大火以前にもこの福渡地区は大きな火災に2度も見舞われ
創業当時は別の場所(福渡地内)にあったこの宿
昔は火災の起きた場所に家を建てるのは不吉とされ
数回場所を変えながら現在の本館に至ります

和泉34

代々受け継がれてきた和泉屋の歴史を
必死で守ろうとする15代目のご主人の情熱を
めちゃ感じられました

幾度となく困難を乗り越えてこられた和泉屋
いつまでも混浴文化と共に
これからも多くの方たちの癒しを提供してもらいたいと思います

みうたん☆クローバーZの混浴ログ♪

【塩原温泉郷 和泉屋旅館】
みうたんお気に入り度☆☆☆

【住所】 栃木県那須塩原市塩原190
【☎︎】 0287-32-2005
【入浴料】 800円
【入浴時間】 14:00~15:00
【定休日】 無休

【HP】 和泉屋旅館HP

参考であり、変更もしくは過去のデータである恐れがありますのでご理解ください